2009年10月15日 (木)

2009年10月 高尾早弓選

《金》
白萩や濡れると決めてからの雨 長沼玲子
真つ白き背番号あと夏の果 なお
稲の花屋号でまはる回覧板 宮沢恵理
《銀》
豊年の鳥の寄り来る鬼瓦 甲斐まなみ
稲の花父は口数少なくて 小澤 香
方言で語らふ一日稲の花 山本ゆうこ
野分後大地の匂ひ立ちにけり 池谷瞬草
筆箱に種採りて子の帰りけり 鹿野寿美子
近づけば音なくはじけ鳳仙花 堀田房子
葡萄棚月夜を匂ふ雫かな 釈 定子
身にしむやコーランなぞる指の先 池谷瞬草
水澄みて流線形は魚の影 坂 ゆかり
おりがみの鶴を増やして野分かな 坂 ゆかり
夕暮れの葉擦れの音や落柿舎忌 甲斐まなみ
タブラオの灯残る夜半の秋 池谷瞬草
森深く逃れて高く秋の蝶 須江真由美
神領の空の広さよ守武忌 佐野佳代子
爽やかや路面電車を乗り継いで 池田良子
メールとだえて七夕の夜の雨 須江真由美
木犀の今朝より香り始めたる 山本ゆうこ
菓子焼きて記念日多き少女かな 小澤 香
野分中廊下の奥に消えしもの 織田道子
夕暮るるまでの遊びやかくれんぼ 美智子
病院は一時間待ち鰯雲 大谷綾子
刺繍糸もつれほどけぬ野分中 辰巳道子
○玲子さん、逡巡のあとの静かな決心です。この決心は、回りの人を幸せにしないかもしれない、自分の身勝手かもしれない、でもそうするしかない、結果は身に引き受けると決めました。冷たい秋の雨がしみてます。季語は艶やかさの残る赤い萩ではなく、「白萩」で動きません。○なおさん、背番号を外したあとの四角い白は、洗濯しても落ちないユニホームの汚れを際立たせ、ひと夏のがんばりを物語っています。○恵理さん、まなみさん、ゆう子さん、暮らしのなかの豊かさを感じさせます。○香さん、お父さんの性格がよく出ています。○瞬草さん、タブラオはフラメンコの舞台のあるお店。今回海外詠が光っています。○真由美さん、ひそかな夜の雨音を聞いている気持ちが伝わります。○美智子さん、暮れたら終わりというせつなさがあります。○綾子さん、待っている退屈な気持ちと、楽しもうという気持ちと両方があるところがよいです。

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2009年10月 菅野奈都子選

《金》
湧水に踊る砂(いさご)や秋うらら 小澤 香
岩肌に夕日染み込む野分後 角田智子
野の花の紅きを手折り汀女の忌 かしまゆう
《銀》
待宵に君の紫煙のただよへり  坂ゆかり
野仏やたふれて朱き曼珠沙華 板垣道代
暮れがたの竿をはなるる蜻蛉かな 板垣道代
乱雲に金のふちどり野分あと 釈 定子
稲の花母の生家の遠くなり 池田良子
稲の花父は口数少なくて  小澤 香
神領の空の広さよ守武忌 佐野佳代子
木犀の留守を灯して香りけり 長沼玲子
白萩や濡れると決めてからの雨 長沼玲子
箸袋畳んでゐたる秋思かな  長沼玲子
竜胆や嘘をつくのが下手な人 西村麻紀
読みかへす一葉のあり夏の果 秋山よし美
螻蛄鳴く鄙びた宿の文机 角田智子
稲の花子の声戻る通学路 磯崎憲子
野分中皿に並べし握り飯 鹿野寿美子
パエリヤの具を選り分けて星月夜 北村英子
アルバムに句座の一同子規忌かな 深澤寛子
かくれんぼ果てそれぞれの灯に帰る 宮沢恵理
一番にみつけてほしいかくれんぼ  なお
織音のとんとんからり野分あと 山中悠嘉
寄り合ひの灯消えて夜半の秋 高木美貴子
子規の忌の手に返球の確かなる 和田始子
★香さん、湧き水に舞う砂の動きを捉えて、秋の穏やかな明るさを表現し
ている。澄んだ水の美しさや透明感、水底まで届く光、澄み切った大気や
空、そこに佇む作者の満ち足りた心持ちが伝わってくる一句。
★智子さん、上五中七の措辞が秀逸。野分の過ぎた後のひんやりとした冷
気が感じられる。山々の岩肌に及ぶ夕日の鮮やかさが、野分後の安堵感と
夕暮れの寂寥感と相俟って、胸に迫ってくるようである。
★ゆうさん、「風花」を主宰し、「今日に心新しくあれば風も新た花も新
た」という言葉を残した中村汀女。自然を、日常をいとおしみ、慈しみ、
情感豊かに詠い上げた汀女のまなざしや姿勢、生き方を思わせる作品。
●ゆかりさん、名月を翌日に控えた宵の月。紫煙に託されたものとは?
二人の距離?恋の行方か。●道代さん、野仏の句、倒れても朱さを失わ
ない、また、倒れているからこそ朱さが際立つ。野仏との対比も、色彩
的にも質感的にも効果的で、曼珠沙華の本質に迫っている。
蜻蛉の句、夕暮れと蜻蛉の動きの一瞬の邂逅を、自分の身に引き寄せて
掬い上げ、一句に昇華している。●定子さん、野分の過ぎ去った後に広
がる鮮やかな夕焼けの美しさを上五中七の措辞で見事に表現している。
●良子さん、遠くなったのは物理的な距離ではない。何か会うことが叶
わぬ事情があるのかもしれない。季語に母に寄せる深い思慕の念。●香
さん、真面目で働き者の父親の姿と、父を思う娘の優しさが伝わってく
る。●佳代子さん、守武忌は伊勢神宮禰宜の長官、荒木田守武の忌日。
伊勢在住の作者にとって、俳諧を文芸にまで高めた守武への思いは格
別であろう。空の広さにそれが託されている。●玲子さん、木犀の句、
中七下五の措辞に、花の明るさ、香りの強さ、静けさが表現されてい
る。箸袋の句、日常の細やかな所作に目を留め、女性の繊細な心の襞
を詠んでいる。●麻紀さん、「竜胆」の斡旋が見事。端正で慎ましい
花の風情に、正直で素朴な人物像を表現している。●よし美さん、
夏の思い出を彷彿とさせる一枚の葉書。夏を惜しむ気持ちと、差出主
への思いがうかがえる一句。●智子さん、山奥の古い宿のたたずまい
が諧謔味を以って詠まれている。●憲子さん、子どもへの優しいまな
ざし。空間の広がり、時間の移ろい。●寿美子さん、取合せの妙。
野分の不安感、日常から非日常へ逸れてしまうような危うさ。●英子
さん、季語から、和やかなひとときやムール貝がバランスよく配され
たサフランライスの鮮やかな黄色や海老の赤などが見えてくるよう。
●寛子さん、作者の子規への尊敬の念と親しみが感じられる。●恵理
さん、楽しく遊んだ余韻と、もう少し遊びたい気持ちをひきずりなが
ら家路につく子供たちの気持ちが伝わってくる。●なおさん、かくれ
んぼの鬼は大好きな人。素直な思いがまっすぐに伝わってくる。●悠
嘉さん、野分後の穏やかさ、静けさ、いつもの日常に戻った安堵感が、
リズミカルで軽やかな織音に託されている。●美貴子さん、話し合い
を重ね、遅くまで及んだ寄合。灯が消えて感じられた秋の夜の静寂や
侘しさに、寄合を終えた開放感と憂いが重なる。●始子さん、日本に
野球が伝わった時から野球に熱心であった子規。グローブにしっかり
と受け止めた球の手ごたえは、子規から現代に受け継いだ俳句に対す
る作者の真摯な姿勢の表れであろう。

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2009年10月 松下美奈子選

《金》
日本の動きたる日や野分晴 長沼玲子
方言で語らふ一日稲の花  山本ゆうこ
花嫁となりて一年水の秋 甲斐まなみ
《銀》
家計簿の収支とんとん鉦叩 板垣道代
白秋の指先に舞ふ柄杓かな 鈴木 陽
明治記念館秋麗のティーカップ 北嶋正子
占ひの館込み合ふ夜の秋 池田良子
夕影に閉ぢて重たき紅芙蓉 小澤 香
箸袋畳んでゐたる秋思かな  長沼玲子
織音のとんとんからり野分あと 山中悠嘉
葡萄棚月夜を匂ふ雫かな  釈 定子
冷ややかやカタンと閉まる薬箱  宮崎しずえ
秋の夜のひらりと落つる覚書 板谷圭子
紺色のハイソックスや涼新た  西村麻紀
金木犀椅子に眠りし夫の顔  甲斐まなみ
恋文の懐にあり葛の花 萩原満智
真つ白き背番号あと夏の果 なお
野分中手に頼りなき紙コップ 小澤 香
大縄に切り取られたる秋の空 小出さつき
ごん狐住むといふ里曼珠沙華 和田始子
野の花の紅きを手折り汀女の忌 かしまゆう
一行で事足るメール露寒し 山本ゆうこ
病名の余命に聞こゆ白露かな 鹿野寿美子
夜なべして赤き布には赤き糸 宮沢恵理
濡れ縁に眠りし猫や鰯雲 鷲見治子

●玲子さん、八月末に関東地方に接近した台風11号は、首都圏に強い風を吹かせました。折しも衆院選が行われ、民主党が歴史的大勝をしたのも八月末。永田町を大いに揺るがした後に、新たな一歩を踏み出したこの国の政治に、期待を寄せる作者の気持ちが季語とひびき合って伝わってきます。●ゆう子さん、久しぶりの帰省でしょうか、田園のひろがる故郷の小径を歩けば、稲は小さな花をつけています。気の置けない人々と、土地の言葉に戻ってのおしゃべりにすっかりくつろぎ、豊かな心持ちになった作者の様子がうかがえます。●まなみさん、川も湖も台所の器の水さえも、澄んだように感じられる爽やかな季節に結婚した作者。一年を共に過ごし、同じ季節が巡ってきても、一点の曇りもない純粋な愛情で結ばれている二人の関係性が、しみじみと滲んでくる一句です。●道代さん、虫の声のとどく部屋で家計簿をつけている作者。赤字を出さずにやりくりが出来ていることに、ほっと安堵している心情が、季語との取り合わせで滑稽味をもって伝わってきます。●陽さん、秋の野の花がさりげなく活けられた茶室でいただくお茶でしょうか。お手前の美しい所作に、茶室の澄んだ空気感がただよってきます。茶の湯の清廉な美しさが季語によって高められ、省略の効いた表現によって余韻のひろがる秀句となりました。●正子さん、明治時代に帝国憲法制定のための会議なども開かれた明治記念館。当時の絢爛な内装の残る中でいただく紅茶の器もまた、華やかなものだったのでしょう。歴史の重みに想いを馳せつつ過ごす作者の豊かなひとときが、味わい深く伝わってきます。●良子さん、夏も終わりに近づきようやく夜に涼を感じることができるようになった頃に、混み合う占いの館。夏の出会いの不確かさに心を揺らす若者達の姿が、垣間見えるようです。

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2009年10月 石井優美子選

《金》
それぞれの反抗とりどりの秋果        板垣道代
金木犀椅子に眠りし夫の顔          甲斐まなみ
竜胆や嘘をつくのが下手な人         西村麻紀
《銀》
色鳥やハート模様のカプチーノ        かしまゆう
夕月を掴むやガンダムの拳          磯崎憲子
稲の花子の声戻る通学路           磯崎憲子
一行で事足るメール露寒し          山本ゆうこ
夜なべして赤き布には赤き糸         宮沢恵里
稲の花屋号でまはる回覧板          宮沢恵里
口癖を子に真似されて木の実落つ       鈴木陽
ペコちやんの首振り人形野分かな       松本広子
入相の鐘に終りしかくれんぼ         鷲見治子
無人駅九月の雨に降り立てば         鷲見治子
置手紙吹き飛ばされて九月尽         松田美穂
子規の忌の手に返球の確かなる        和田始子
タブラオの灯残る夜半の秋          池谷瞬草
指先に透ける血の色水の秋          みやざき深雪
夕影に閉ぢて重たき紅芙蓉          小澤 香
男とは飲めぬ夜もあり新走り         國安由里
子規の忌の白球緩く弧を描き         角田智子
野分立つ屯田兵の屋敷跡           三浦さらさ
守武忌社になるを待つ林           清水美穂
爽やかや路面電車を乗り継いで        池田良子
かくれんぼ一緒にしやがむだんご虫      田中あき子
メールとだえて七夕の夜の雨          すえ真由美

★思春期真っ只中の子どもたちは、親にそれぞれの言い分を主張し、少々の衝突があった後でしょうか。それぞれの裡に葛藤を抱えたまま、己の信ずるところに真直ぐで、多感な思春期の子どもたち。「林檎」「梨」などのように限定せず、思春期の子どもたちの裡を「秋果」と喩えたことで、親として、子どもたちの葛藤を知りつつも、今はどうしてやることもできない歯痒さ、そして抗いながらも成長していく子どもたちに、喜びと淋しさを感じている、母親の深い面差しが見えてくる秀句です。★「金木犀」は秋の香と言っても良いぐらい、甘く芳醇に香ってきます。ことさら、風に乗ったその香は一層甘く感じます。仕事で疲れて帰って来て、椅子にそのまま眠り込んでしまった夫の寝顔を、あふれる心の内に見つめている作者が見えてきます。少し開けた窓から、夜風に運ばれてきた「金木犀」の香。その甘さに幸福である一瞬を感じながら、女として妻としての生き方に常に揺れ惑う何かを、季語の中に見ることができます。★「竜胆」は、その形と色からその名がついたといわれたと言います。蒼と紫を深めたような色合いは、ふと心を重ねてしまう、静かな趣のある花だと感じます。さて、大切な人と話していた中で、彼の嘘を見つけてしまった作者。その場で問い返すことはしなかったものの、戻った一人部屋の中で話を思い返しているうちに、彼の強がりやそこにある弱さに思いを寄せているのが、素直に句から伝わってきます。切ない一句です。

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2009年10月14日 (水)

2009年10月 堤亜由美選

《金》
豊年の鳥の寄り来る鬼瓦 甲斐まなみ
稲の花屋号でまはる回覧板 宮沢恵理
子規の忌の手に返球の確かなる 和田始子
《銀》
大縄に切り取られたる秋の空 小出さつき
身にしむやコーランなぞる指の先 池谷瞬草
指出せば母にとまりし赤とんぼ 堀田房子
芋の虫足元を這う未練かな 大谷綾子
それぞれの反抗とりどりの秋果 板垣道代
野分中手に頼りなき紙コップ 小澤 香
群れながら風を染めたる曼珠沙華 かしまゆう
七夕や笹舟の菓子ゆらぎをり 岩田薫
日本の動きたる日や野分晴 長沼玲子
色鳥やハート模様のカプチーノ かしまゆう
寄り合ひの灯消えて夜半の秋 高木美貴子
病院は一時間待ち鰯雲 大谷綾子
プロポーズ簡単にする日焼けかな 大貫妙子
家計簿の収支とんとん鉦叩 板垣道代
占ひの館込み合ふ夜の秋 池田良子
反抗期了へし目の色今朝の秋 みやぎ深雪
覚え書き暗号めいて野分中 鷲見治子
タブラオの灯残る夜半の秋 池谷瞬草
豊の秋尊き命授かりし 美智子
弟が先に見つかるかくれんぼ 清水美穂
月上げて潮の満ちくる船出かな 釈 定子
居待月夫の鞄の重きかな 高木美貴子
☆まなみさん、「豊年」という季語と「鬼瓦」という題材が過不足なくあっており、それでいて新鮮な取り合わせ。鬼瓦のある大きなお屋敷に今年も豊かな実りをもたらした秋が来て鳥も嬉しそうにさえずっている、という充足感に満ちた句。☆恵理さん、「稲の花」という季語が効いている。屋号でいまだにまわる回覧板ということは、まだ隣組などが残る田舎の集落であろうか。こういう日本の原風景が失われつつある今こそ、句に残し、伝えて行きたいものだ。☆始子さん、日本に野球を紹介したという正岡子規。返球をしっかり受け取った掌とは、野球をしている少年を詠んだとも、俳句をやっている我々のことを詠んだとも取れる。先人の志を知り、未来へと道を一歩一歩つないで行くことの大切さを思う。☆さつきさん、大縄がぐるりとひとまわりし、ぴょんとその縄をたくさんの足が飛びました。大縄は澄み渡る秋の空を切り取るごとく、高く大きく回るのです。☆瞬草さん、海外詠。どの国にも祈りの言葉、思いがある。異国にいてそれを思い、文字をなぞった瞬間、秋の深まりを感じたという感覚的な句。☆綾子さん、未練といのは振り切っても振り切ってもじわじわと身のうちから湧き上がってくるもの。足元の芋虫との取り合わせが面白い。☆妙子さん、日焼けした屈託のない様子でプロポーズをされた彼女。簡単にしないでよ、と言いながら嬉しい女心です。

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2009年10月 降矢とも子選

《金》
乱雲に金のふちどり野分あと 釈 定子
白萩や濡れると決めてからの雨 長沼玲子
野の花の紅きを手折り汀女の忌 かしまゆう
《銀》
テロリスト紛れてゐさう炎天下 大貫妙子
楽屋から素顔の役者秋の暮 亀田紀子
家計簿の収支とんとん鉦叩 板垣道代
留守番の犬に秋灯消さぬまゝ 清水美穂
反抗期了へし目の色今朝の秋 みやぎ深雪
湧水に踊る砂(いさご)や秋うらら 小澤香
かくれんぼ亡き妹がみつからぬ 辰巳道子
野分後大地の匂ひ立ちにけり 池谷瞬草
箸袋畳んでゐたる秋思かな 長沼玲子
祖母よりのハワイの土産敬老日 田中あき子
ひと声をあげて発ちけり秋の蝉 秋山よし美
六畳間四隅を晒し涼新た 秋山よし美
岩肌に夕日染み込む野分後 角田智子
シスターも加はつてゐるかくれんぼ 織田道子
かくれんぼ風のなき日の木の葉揺れ 甲斐まなみ
野分中皿に並べし握り飯 鹿野寿美子
アルバムに句座の一同子規忌かな 深澤寛子
借りるもの余分に借りて野分来る 北嶋正子
稲の花屋号でまはる回覧板 宮沢恵理
大縄に切り取られたる秋の空 小出さつき
ごん狐住むといふ里曼珠沙華 和田始子
覚え書き暗号めいて野分中 鷲見治子

■定子さんの句。野分のあとの、まだ荒々しさを残した雲。陰影のある雲と、太陽の光が「金のふちどり」となった。観察眼が素晴らしい。■玲子さんの句。この程度ならと思ったところで、雨が強さを増したよう。白萩から零れ落ちる雨粒に秋の情緒が感じられる。■ゆうさんの句。かつては「台所俳句」と揶揄されたこともあるという中村汀女だが、その句風には華やぎや激しさが秘められていると思う。野の花の紅さ、というのは、言われてみればぴったり来るのかもしれない。■妙子さんの句。炎天下の不気味さ、日常の中の狂気がふと過ぎったところが面白い。■紀子さんの句。舞台とは違う顔を垣間見てしまった。季語との取り合わせがいい。■深雪さんの句。まだ素直に親と向き合うには到らないが、ほんの少し和らいだことを目の色に見て取ったのだろう。季節も夏の激しさから秋の穏やかさへ移るところ。会話はなくても、空気が変わったことを感じているのである。■あき子さんの句。いまどきのお祖母ちゃんは、ハワイへ遊びに行くのである。敬老という言葉が似合わないところにおかしみが感じられる。■道子さんの句。「かくれんぼ」は秋の新季語。昔読んだ絵本に、子どもとかくれんぼをする良寛さんの話が載っていたことを思い出した。■寛子さんの句。子規は虚子や碧梧桐、漱石など多くの弟子に囲まれていた。俳句の仲間というのはいいものだとしみじみ感じる。■恵理さんの句。集落のほとんどが同じ苗字なのだろう。田畑に囲まれて、昔からの家の付き合いが続いているようなそんな人たちの姿が見えてくる。■さつきさんの句。大縄跳びの風景。「切りとられる」という発想が縄のビュンという動きをよく伝えている。(降矢とも子)

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2009年9月15日 (火)

2009年9月 高尾早弓選

《金》
深呼吸すれば泉の明るさよ 鷲見治子
豊作の中から選りて茄子の馬 宮沢恵理
ふる里の新聞に吹く西瓜種  小澤 香
《銀》
跡取りに嫁来ぬ話草の市 鈴木 陽
海恋し青にじませてちひろの絵 角田智子
児の届く高さに願ひ星祭 宮沢恵理
冷や麦の箸のかちあふ里帰り 前田隆子
口ずさむりりーマルレーン秋立ちぬ 山中悠嘉
弟に籠を持たせて蝉を捕る  前田隆子
送り火に空より落つる雨のあり 國安由里
帰りたくないかなかなの鳴きやむまで 小出さつき
満月の連れてゆきたる影法師 松本広子
広げたる頁変はらず夏休み 川崎晶子
風の色げんまんのゆびからめをり 角田智子
流灯の離れがたきに手を添へぬ 釈 定子
花呉座の花に集まる膝頭 甲斐まなみ
秋の夜の睫毛の影の長きかな 高木美貴子
繋がれしままの小舟や夏の果 丹羽えり子
秋立つや茶筅大きく動かして 釈 定子
秋より高き屋上の遊園地 松本広子
絵日記の笑顔の裏も笑顔かな 深澤寛子
宇治橋に刻む足音や涼新た  佐野佳代子
指で読む絵本の声や小鳥来る 八重樫雅子
夏霧や旅の終わりの屋台酒 な お
父が子で在りし日のこと終戦日 小泉由佳子
○治子さん、ゆったりと詠んでいて、すがすがしい句です。体の中まで、泉の清新な水に満たされるようです。○恵理さん、帰って来るご先祖様が乗りやすいように、大降りの茄子を選んでいます。「星祭」の句とともに、恵理さんらしいいたわりや、優しさが感じられます。○ぷっと飛ばす種や、扇風機や畳や、親戚の小学生の子供達まで、ありありと目に見え、豊かさが感じられます。○陽さん、隆子さん、確かにそういうことがありそうな、実感ある句です。

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2009年9月 松下美奈子選

《金》
ふるさとの風を包んで桃届く 角田智子
父が子で在りし日のこと終戦日 小泉由佳子
花呉座の花に集まる膝頭 甲斐まなみ
《銀》
跡取りに嫁来ぬ話草の市 鈴木 陽
秋思ふ村上春樹二冊分 北嶋正子
児の届く高さに願ひ星祭 宮沢恵理
絵日記の笑顔の裏も笑顔かな 深澤寛子
新涼や正座のままに話し込む 坂ゆかり
坂道を上れば海のある墓参 池田良子
ふる里の新聞に吹く西瓜種 小澤 香
冷や麦の箸のかちあふ里帰り 前田隆子
飛入りの遅れがちなる踊りぶり みやぎ深雪
人の名の喉につかへし生身魂 かしまゆう
白木槿母の歩幅にあはせつつ 堀田房子
終ひ湯に歌ひ出したる帰省の子 秋山よし美
銀輪の走る上海油照 板垣道代
この先に秘密の浜辺実はまなす 三浦さらさ
広げたる頁変はらず夏休み 川崎晶子
一握の砂に果てたる甲子園 山本ゆうこ
挨拶の電話ですます盆見舞 國安由里
サングリアパエリアシェスタ旅続く 八重樫  雅子
シエスタの街カーテンの揺れてをり 和田始子
旅の地にシャッター通りおけら鳴く 宮崎しずえ
マニフェストうちは片手に読み比べ 重松 彩
ふるさとや大の字に寝る夏座敷 岩田薫

●智子さん、傷まないように一つずつふんわりと包んで届けられた桃。柔らかで瑞々しい桃を手に取りながら、故郷に暮らす父母の溢れる愛情を、その細やかな心配りに感じ取ることができた作者です。●由佳子さん、父から語られる戦争の体験は「今の私」に繋がる事実として、作者の胸に響いたことでしょう。「終戦日」の過去と今を、説明に走らずに淡々と表現したことで読者には想像の広がる秀句となりました。●まなみさん、最近めっきり見かけなくなりましたが、花の模様の茣蓙は、涼感とともにどこか懐かしさを感じさせてくれます。開け放たれた夏座敷から、集った人々の明るい笑い声が聞こえてきそうな一句です。●陽さん、盆を迎えるにあたって必要なものを売っている市が「草の市」。買い出しに来る人の多くは、ご先祖様の霊を守っている本家の人たちでしょう。互いの家の事情を吐露しながら盆用意をする市井の人々の姿が、俳諧味をもって伝わります。●正子さん、村上春樹氏の最新書が話題になったばかり。上下二冊の長編小説の本を読んで、しみじみとした情感が湧いてきたのか、或いは慌ただしさに下巻まで読み終えることができない日常を憂えてのことか。読者に委ねたきった表現が、想像力をかき立ててくれます。●恵理さん、沢山の願い事の記された短冊で飾られている七夕竹。子どもの手の届くところに結ばれているその短冊には、欲の無いささやかな子の願いが書き込まれてることに気がついた作者。写生に徹しつつ、感動を季語に託した秀句。●寛子さん、川遊び、虫取り、海水浴と、子ども達にとってはいろんなことが体験できる楽しい夏休みです。昨日も今日も笑顔いっぱいで過ごしたお子さんの様子が、微笑ましく伝わってきます。

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2009年9月 菅野奈都子選

《金》
灯をひとつ落として夜の秋 萩原満智
花呉座の花に集まる膝頭 甲斐まなみ
深呼吸すれば泉の明るさよ 鷲見治子
《銀》
シエスタの風に憂ひのありにけり 大貫妙子
白木槿母の歩幅にあはせつつ 堀田房子
シエスタの菩提樹影を拡げをり 板垣道代
銀輪の走る上海油照 板垣道代
冷や麦の箸のかちあふ里帰り 前田隆子
海暮れて踊太鼓は海に鳴る 長沼玲子
ためらいの背を押されて踊りの輪 釈 定子
一握の砂に果てたる甲子園 山本ゆうこ
古城跡ひぐらし遠く近くして 橋本弘美
海恋し青にじませてちひろの絵 角田智子
シエスタの街カーテンの揺れてをり 和田始子
唇の乾きしままや蝉しぐれ 松岡千代
爽やかに天より生るるグライダー 小澤 香
ふる里の新聞に吹く西瓜種 小澤 香
旅の地にシャッター通りおけら鳴く 宮崎しずえ
唐紙の雲母の掠れ今朝の秋 初田幸代
故郷へ帰る術なく白木槿 初田幸代
シエスタの風に届きしエアメール 山中悠嘉
夕立に散らばつてゆく子らの声 渡辺良恵
夕雲の沖へ集まる終戦日 甲斐まなみ
秋思ふ村上春樹二冊分 北嶋正子
手拍子に瀬音重なる踊かな 鷲見治子
★満智さん、いくつかの部屋の明かりのうち
ひとつの灯を消した、あるいは、明かりを
ひと段階弱い光にしたのかもしれない。灯を
落とした瞬間、暮れた空の色や風の感じ、辺り
の空気に、夏から秋へ移ろう微妙な情趣「夜の
秋」を感じ取った作者の鋭い感性と表現の妙。
★まなみさん、「花茣蓙の花」という着眼点と
リフレインが良い。焦点を「膝頭」に集約し、
集いの輪の楽しさ、和やかさ、はなやかさを
表現している。
★治子さん、水辺の涼感を視覚だけではなく
五感で感じている作者の姿や息遣いが伝わっ
てくる。作者の満ち足りた心持ちを反映して、
泉が輝きを増したかのようです。
●妙子さん、風に憂いを感じた感性。夏の憂鬱、
夏の翳り。●房子さん、お母様を気遣う優しさ
と母子の積み重ねてきた時間や感慨が木槿の白
に表れている。●道代さん、シエスタの気持ち
の良いまどろみと静けさ、時の経過。銀輪の句
、一読、景が浮かび、季語に上海の街の雑踏や
エネルギーが感じられる。●隆子さん、箸の触
れ合う音に、家族の気安さ、故郷の懐かしさ。
●玲子さん、視界の広がり、海に呼応するよう
な太鼓の響き。●定子さん、踊の輪に入る時の
微妙な心情。●ゆうこさん、砂に託した甲子園
ならではの感慨。●弘美さん、眼前の景に、歴
史のドラマが重なる。●智子さん、ちひろの絵 
のにじみに新季語「海恋し」の本意を見事に捉
ている。●始子さん、シエスタの午後の静けさ、
人々の安らかさ。●千代さん、夏のけだるさ、
あるいは、思いを告げられない口惜しさ。●
香さん、秋空に映えるグライダーの鮮やかな
色彩が見えてくる。ふる里の句、帰省の折の
感慨を西瓜種に託した表現が巧み。●しずえ
さん、旅先の商店街の寂れた景が作者の心情
と共に伝わってくる。●幸代さん、女性らし
い繊細な感覚が際立っている。故郷の句、何
か訳があって帰郷がかなわない口惜しさが木
槿の白さと響きあう。●悠嘉さん、郵便に、
シエスタから目覚めた感覚が鮮やか。●良恵
さん、夕立に驚いて走り出した子供達の動き
が見える。●まなみさん、海に散った尊い命
への鎮魂。真摯なまなざしと優しさ。●正子
さん、「村上春樹二冊分」の把握が良い。
時間の経過や作者の人となりが伺える。

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2009年9月 降矢とも子選

《金》
オーブンに溶けゆくチーズ敗戦忌 板垣道代
豊作の中から選りて茄子の馬 宮沢恵理
風鈴や合わせ鏡に見るうなじ 磯崎憲子
《銀》
踊る輪のすこし乱れて果てにけり 板垣道代
原爆忌湖をはみ出す雲の丈 長沼玲子
冷や麦の箸のかちあふ里帰り 前田隆子
流灯の離れがたきに手を添えぬ 釈 定子
夏の陽を背負つて化石採集す 深澤寛子
隠れ家に聴く八月のピアノかな 深澤寛子
お決まりの唄で加はる踊かな 山本ゆうこ
古城跡ひぐらし遠く近くして 橋本弘美
海恋し青にじませてちひろの絵 角田智子
ふる里の新聞に吹く西瓜種 小澤 香
手のなかに往復切符星今宵 萩原満智
子の帯のゆるびて踊り果てにけり 萩原満智
児の届く高さに願ひ星祭 宮沢恵理
噴水やコインにゆだねる今日の運 なお
唐紙の雲母の掠れ今朝の秋 初田幸代
跡取りに嫁来ぬ話草の市 鈴木 陽
浮きしまま留まるボール夏の果 渡辺良恵
明星の淡く揚がりぬ西鶴忌 かしまゆう
花呉座の花に集まる膝頭 甲斐まなみ
秋思ふ村上春樹二冊分 北嶋正子
父が子で在りし日のこと終戦日 小泉由佳子
手拍子に瀬音重なる踊かな 鷲見治子

道代さんの句、取り合わせの良さにはっとした。暑さで空気がゆらめくような中、玉音放送を聞いたであろう人たちの虚脱感が、為すすべもなく溶けていくチーズに重なる。■恵理さんの句、最近は出来合いの盆飾りが主流で、茄子の馬もあまり作られないようだ。家庭菜園だろうか。先祖のために、形のよい茄子を選ぶ心が嬉しい。■憲子さんの句、浴衣でも着たところだろうか。結い上げた髪を気にしている女性。風鈴の音によって、夏の座敷の様子が浮かび上がるところが面白い。■玲子さんの句、繰り返し見た原爆雲の映像。平和な今の湖で、その幻影を見ているようだ。■寛子さんの句、一心不乱に化石採集をしている様子、背中からじりじりと照りつける陽射しを背負っているという表現がいい。■ゆうこさんの句、盆踊りの輪に加わろうかと様子を見ていた人に、その気を起こさせたのは馴染みのあの曲。これなら迷いなく踊れる、という呼吸が感じられる。■香さんの句、帰省子が西瓜を食べているところだろう。何気なく敷かれた新聞が郷土紙であったことに、懐かしさと家にいるくつろぎが感じられる。■満智さんの句、盆踊りの子どもが、きれいに着付けられた浴衣が崩れるまで、元気に踊っていた様子がよく見える。■陽さんの話、出品している農家だろうか。跡取りとか嫁とか、今では古くさい言葉かもしれないが、本人にとっては切実な話題。しかし、どこかのどかな話題である。■由佳子さんの句、お父さんから終戦の日の話を聞いたのだろう。今の頼りがいのある父親からは想像できない、いたいけな少年を見たのだろう。(降矢とも子)

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