新涼の中に置きたる笛太鼓 國安由里
祭は一昼夜続き、滞りなく終わりを迎えました。その静寂の中に、役目を無事に終えた笛と太鼓を、今しばらく眺めている作者がいます。祭の間中休むことの無かった太鼓と笛。役目を終えたものたちを労うように、祭の後の寂しさを募らせるように、新涼の風が吹き渡っていきます。ようやく暑さが遠のき、新しい季節に変わろうとする僅かな移ろいを季語に捉え、祭の喧騒と静けさとそこに内在する作者の裡が見えてきます。(11月選より)
啄木鳥や日に三本のバスを待ち 山本ゆうこ
日に三本のバスしか来ないところとは、山間の村を旅している作者でしょうか。こんなところに、というような所にバス停はあり、辺りは森と時折の木の葉の葉擦れの音と、バス停を脇に置いた一本道は山間を縫うように続き、真っ青な秋空が見えています。バスに待ちぼうけを喰わされている作者に、聞こえて来る啄木鳥の音。旅心を擽るように、森の木々を伝ってその音は響いたことでしょう。不便ながらも、穏やかに過ぎていく山間の時間を、まるで啄木鳥が奏でているようです。(11月選より)
Gジャンを脱ぎてお好み焼き返す 田中あき子
「Gジャン」は、時代の流行を少し違えた感じを覚える季語のように思います。作者が見ているシーンはお好み焼き屋さんでの出来事。カノジョに良いところを見せようと、一肌脱ぐように、「Gジャン」を脱いで、汗だくになりながら、今まさにお好み焼きを返そうとしているカレがいます。アツアツの鉄板と焼け始めたお好み焼きを間に、まだどこかぎこちなさが残る、初々しいカップルの様子が季語から充分に伝わってきます。さてさて、カレは上手くお好み焼きをひっくり返すことができたのでしょうか…!(11月選より)
白兎さびしがり屋と思はれて 宮崎しずえ
学校から次々と子どもたちが返ってゆく頃、ひとりの子どもが、学校の飼育小屋の前に佇んでいます。休み時間に、ちょっとしたことでお友達とケンカをしてしまったその子は、仲直りできなかった寂しさのまま、小屋の中の白兎をじっと見つめています。他の子どもたちは、帰ってからの遊ぶ約束や今日の出来事を言い合いながら、誰もその子のことを気にかける者はいません。傾きかけた陽光が、その子の影を伸ばし、白兎はうずくまったままその子を見ています。作者の優しさが一心に注がれている一句です。(12月選より)
朝時雨アスファルトより濡れはじむ 渡辺良恵
始発の電車を降りて、改札を抜け、彼女は再び歩き出します。白み始めた街に、彼女のブーツの音だけが響いています。どちらからともなく切り出した別れ。彼女が今思い出すことが出来るのは、彼と過ごした愛の日々ではなく、夕べの彼の横顔だけ。そして、彼のいない今日が白々と明け始めているのです。わかっていたこととは言え、空っぽになってしまった彼女の心。強がる彼女を諭すように、アスファルトを濡らして時雨が降り始めます。止んだ後、冬虹が架かることを彼女はまだ知りません。(12月選より)
海風に背中押されて落ち葉踏む 松田美穂
落葉の頃は、澄んだ空気の中に乾いた音が響き、なんとも心地の良いものです。何かを捨て去るために海へと来た作者でしょうか。海辺に佇み、浜を歩きして、中々に思い切れない時間が長い間続いた末、ついには決意を持つことができたのです。振り返らずに浜を戻ってきたものの、落葉の道に差しかかるより、一瞬、決意は揺らぎを見せました。それを許さぬように、強い海風が作者の背中を押したのです。落葉道に立ててしまった一歩の音に、作者の決意も新たとなったことでしょう。(12月選より)
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