ぼくとママの黄色い自転車
娘が小さい頃、育児のつまづき、行き詰まりが続くといろいろなアドバイスに助けられた。何気ない会話の中でも気づかされる大切なこともあり、「小さい時に、体調が急変した息子が救急車で運ばれたことがあって。ただただ元気でさえいてくれればいいと思った・・・元気が当たり前になると、あれもこれもと・・・毎日口うるさい自分が嫌になるわ。」というお話もその一つ。シルバーウィークに映画『ぼくとママの黄色い自転車』を鑑賞した時に、ふとその話を思い出した。
原作『僕の行く道』(新堂冬樹著 双葉社)は、映画の原作と思って読み始めたので、「いつ黄色い自転車が登場するの?」と、終盤まで主人公、ほかの登場人物の心にも共感することも少なく、読み方を失敗してしまった。ただ、ある場面では知らずに涙がこぼれた。
さて、映画は、「ぼくとママ」とあるので、親子の愛情や絆、「母を訪ねて三千里」のような感動があるのだろうと想像したが、鑑賞後は、それ以上に気づかされたこと、印象に残ったことがあった。当たり前に思えることへの感謝、当たり前と思える日常があることへ感謝せずにはいられない気持ちになった。娘と二人で鑑賞し、驚いたことに娘は私以上に涙し、「どんなお母さんでも、うちはお母さんが大好きやで。」と。子どもというのは、人が何と言おうと、母親自身が子どもをどう思おうと、どんな状況であってもひたすらに母が好きなことがよくわかる場面もいっぱい。子どもの将来を想う母の姿、若年性の認知症、登場人物それぞれの家族の絆・・・共感したり、考えさせられたり。初めて娘を抱いた時のことからあれこれと思い出し・・・さらには自分が小さい頃の母のことを思い出し・・・。主人公の母親の気持ちに寄り添いながらまた涙。父親も登場するが、父と成長した息子の場面も切なさがあふれた。
少年の無謀とも思える(いやかなり無謀な)冒険の中で、少年とのふれあいが登場人物それぞれの人生の転機を生み出している場面も見ごたえあり。
小豆島の海と空の風景、黄色い花と、美しい映像もここちよく、さだまさしさん『抱きしめて』の流れるエンディングでは、しっかり人との絆や感謝の気持ちが映し出され、涙ばかりではなく、明るい気持ちで見終えることができた。
脚本の今井雅子さんは、まもなく最終回を迎える朝ドラ『つばさ』でお名前をご存知の方もいらっしゃるでしょうか。昔々『青山ヒップボーン』なる俳句の会を立ち上げられたとか。かなり遠く細くもシーズンズと縁がなくもない映画。
大阪の映画館は初。同じ関西なのに遠い~。朝6:00の高速バスではるばると。でも行った甲斐あり。当たり前にそばにいる人がもっともっといとおしくなる映画に母子ともども大満足で大阪をあとにした。
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少年の通り過ぎては花野かな ☆heren☆
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