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2009年9月25日 (金)

ぼくとママの黄色い自転車

娘が小さい頃、育児のつまづき、行き詰まりが続くといろいろなアドバイスに助けられた。何気ない会話の中でも気づかされる大切なこともあり、「小さい時に、体調が急変した息子が救急車で運ばれたことがあって。ただただ元気でさえいてくれればいいと思った・・・元気が当たり前になると、あれもこれもと・・・毎日口うるさい自分が嫌になるわ。」というお話もその一つ。シルバーウィークに映画『ぼくとママの黄色い自転車』を鑑賞した時に、ふとその話を思い出した。
原作『僕の行く道』(新堂冬樹著 双葉社)は、映画の原作と思って読み始めたので、「いつ黄色い自転車が登場するの?」と、終盤まで主人公、ほかの登場人物の心にも共感することも少なく、読み方を失敗してしまった。ただ、ある場面では知らずに涙がこぼれた。
さて、映画は、「ぼくとママ」とあるので、親子の愛情や絆、「母を訪ねて三千里」のような感動があるのだろうと想像したが、鑑賞後は、それ以上に気づかされたこと、印象に残ったことがあった。当たり前に思えることへの感謝、当たり前と思える日常があることへ感謝せずにはいられない気持ちになった。娘と二人で鑑賞し、驚いたことに娘は私以上に涙し、「どんなお母さんでも、うちはお母さんが大好きやで。」と。子どもというのは、人が何と言おうと、母親自身が子どもをどう思おうと、どんな状況であってもひたすらに母が好きなことがよくわかる場面もいっぱい。子どもの将来を想う母の姿、若年性の認知症、登場人物それぞれの家族の絆・・・共感したり、考えさせられたり。初めて娘を抱いた時のことからあれこれと思い出し・・・さらには自分が小さい頃の母のことを思い出し・・・。主人公の母親の気持ちに寄り添いながらまた涙。父親も登場するが、父と成長した息子の場面も切なさがあふれた。
少年の無謀とも思える(いやかなり無謀な)冒険の中で、少年とのふれあいが登場人物それぞれの人生の転機を生み出している場面も見ごたえあり。
小豆島の海と空の風景、黄色い花と、美しい映像もここちよく、さだまさしさん『抱きしめて』の流れるエンディングでは、しっかり人との絆や感謝の気持ちが映し出され、涙ばかりではなく、明るい気持ちで見終えることができた。
脚本の今井雅子さんは、まもなく最終回を迎える朝ドラ『つばさ』でお名前をご存知の方もいらっしゃるでしょうか。昔々『青山ヒップボーン』なる俳句の会を立ち上げられたとか。かなり遠く細くもシーズンズと縁がなくもない映画。
大阪の映画館は初。同じ関西なのに遠い~。朝6:00の高速バスではるばると。でも行った甲斐あり。当たり前にそばにいる人がもっともっといとおしくなる映画に母子ともども大満足で大阪をあとにした。

ブログママでは随時、記事を募集中。シーズンズのみなさま、俳句、ママとたどってアクセスしていただいたみなさま、コメントもどうぞお寄せくださいませ。

少年の通り過ぎては花野かな ☆heren☆

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2009年9月 9日 (水)

かけっこ

運動会といえば「徒競走」「リレー」と、かけっこはつきもの。私は小学校の頃、運動会は楽しみな行事であった。
さて、娘はといえば。8月の終わりから二学期が始まり、連日運動会の練習。1年生はリレーか玉入れかどちらか出る種目を選ぶことになったそうで、「何でたいん?」と聞くと、「うちはリレーやで。」と即答。
たしか1学期に体力測定をした際、娘は「あのなぁ、50mなぁ、うちは女子で○番やったで。」と、下から数えると高順位で、娘も自分が足の遅い自覚はある。それでも娘なりに頑張ったのだと想像できた。「最後までちゃんと走ったん。ようがんばったやん。」とほめた記憶がある。
クラスの半分はリレーに出るので、いろんな速さの子が出てもおかしくないが、おそらく上位から真ん中くらいの子が多いのだろう。
数日後にリレーの練習が始まった。各学年(ほとんど1クラスしかない)3チームに色分け。娘は一番手。初日は「うちは3番やけど(同じチームの)★ちゃんと☆ちゃんがうちのあとに2番になってん。うちが2番やったら1番やったのに。」と悔しがっていた。「なぁ、うちなんではよ走れんのや?」とも。
二回目の練習後、「○ちゃんははやすぎて追いつけんで、●ちゃんにはあとちょっとだったんやで。」。
さらにその後「今日はどうやった?」と私から聞いてしまった。「がくしっ。」と、うなだれた娘は「あか~ん。うちやっぱおそいん。みんながなぁ、○○(娘の名前)はおそい言うで。二年生にも言われたったで。」と、肩を落としていた。
走るのが好きだから、立候補する人がいなかったからと、リレーに出られて喜んでいたのに。
幼稚園の頃までは、「ゴールまで休まず走ったね~。去年よりはやかったやん。」と声をかけ、それでおしまい。小学校で体力測定などを経験するといろいろ思うところがあるのか、本人なりに速く走りたいと思っていたのだろう。
近所のお友達のおうちに遊びに行った時、お友達のおじいちゃんに「遅い言われるん。」とぶつぶつ言っていたことを聞き、私だけではなく外でも言うほど気にしているのか?と思ったが、「そんなもん、はよう走る子もおればおそう走る子もおってええんやで。」と答えてくださったそう。
私も最初は「一生懸命走ればいい。」とだけ声をかけたが、悔しいと泣いたり、「なぁ、なんとかならんか?」と落ち込んでいるというより、前向きに張り切っているので「大きく腕を振る」で、電柱と電柱の間ごとに「○○秒で走ったる。」と、学童の帰りは特訓。急に早く走れるわけはないけれど、家でも夜、最後のレッスンの生徒さんが帰った後に夫に教わりつつ教室でさらに練習。
その昔、かけっこではなく、マラソンだったが、私も娘ぐらいの歳に母と兄達とよく近所を走っていた頃を思い出した。娘の気が済むまで練習に付き合うことにする。
みなさんは、「かけっこ」にどんな思い出があるでしょうか?

真つ直ぐに見つめる先に秋の天 ☆heren☆

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