2009年7月 5日 (日)

習い事

 少し前の話ですが・・・
 一昨年の秋からお茶を習い始めた。興味はあったのだが、なんだか敷居が高い気がしたこと、都合の良い場所や時間のお教室がなかったこともあり、なかなか始められずにいた。しかし、知人が武者小路千家の先生をお招きしてお教室を開くことになり、そこに誘われたので、ようやく重い腰をあげた。興味があったといっても、礼儀作法の一つ?教養の一つ?花嫁修業の一つ?(今さら花嫁修業もないし、今の時代お茶が花嫁修業になるのかどうかわからないが)程度で、文化センターなどでちょっと体験できればという程度に思っていただけである。
 お稽古は月に1回。先生は東京から来てくださり、午前10時から夜8時ごろまで、ずっとそこにいてくださるので、好きな時間に行けばいい。20人ほどの生徒さんが通っているが、みんなその日の都合次第で、人数が多く重なった場合は時間にゆとりのない人から譲り合ってお稽古をする。時間が許せばずっと他に人のお稽古が見学でき、急ぐ場合はお手前のお稽古が終ったらお先に失礼することもできる。男性の先生でとても優しくご指導してくださる。
 そのお教室で5月にお茶会を開いた。お教室が始まってから1年半だというのに、2回目のお茶会である。1回目は半年ほどたったころに盆点前で簡単なお茶会を開き、今回は2回目で風炉点前のお茶会。4班に分かれ、受付・ご案内、お手前、水屋(2班)を担当するのだが、前回受付・ご案内だった私は今回なんとお手前!月に1回のお稽古だから続けていられるということもあるのだが、やはり月に1回では点前なかなか覚えられない。さて困った!しかし先生は「毎月お稽古してるんやから・・・」と微笑むだけ。(京都出身の先生の優しい言葉は、時として厳しいことも・・・)そこで特訓である!先生はいらっしゃらないが、お教室を運営している知人と、その仲良しさんが根気よく付き合ってくださり、私のほかにお点前当番であるお二人と特訓をしてくださった。しかし時間の都合もあり特訓は2日。あとは自主練習である。我が家にはお茶碗と茶筅しかないので、お茶の缶を棗、スプーンを茶杓、お玉を柄杓、ボールを建水や水差しにしての練習である。実はブログに書いたGWの博多の旅も、往復の新幹線の中はテキストを手にイメージトレーニング、夜はホテルでペンとコップを使って練習をしていた。
 そしてお茶会当日。とても緊張したが、大きな失敗もなく?(先生には突っ込みどころ満載だったと思うが)終ってみれば気持ちのいい一日だった。
 まどか先生のご縁でお煎茶道に出会ってからは、お煎茶の方が日常に生かせるかと思い、むしろそちらを習いたいと思っていた。それに、正直お稽古に行くのがちょっと面倒だなと思うこともあり、また正座が大の苦手だったり、実はそれほど和菓子が得意でなかったりで、心から積極的に通っていたお稽古ではなかった。しかし特訓をしていただき、人前でお点前をしてみて、ようやく少し楽しくなってきた気がする。着物を着て背筋を伸ばし、計算し尽くされたお点前をこなしていくのは、気持ちが凛とする。もう少し心にゆとりをもって、美しく手が動かせるようになりたいと思うようになった。そして何より、美味しい一服が立てられるようになりたい。

紅の花袱紗挟みし白き帯   ソーダ水

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2009年6月 8日 (月)

リボンのゆくえ


新しいパンプスを購入した。グレーのエナメル素材、周囲はサテンのリボンでステッチされており、取りはずしのできる大きなリボンがアクセントになっている。どんな服装にもマッチするので、通勤に大活躍の毎日。ところがある朝、満員の地下鉄を降り、足元を見ると、リボンがない!!!  そういえば、普段より多くの人でもみくちゃにされながら降車したのだった。混み合うホームを探してみたが見当たらず、憂鬱な気分で会社に向かった。パンプスの付属品を拾ってくれる人なんていないはず、と思いつつも、一縷の希に縋って、昼休み地下鉄の忘れ物センターに電話をした。たかがリボンひとつに必死の様相の私にあきれることなく丁寧な応対。電話の向こうでは、恐らくデジカメ写真で撮られた画像を見ながら探してくれている様子で、いくつかのやりとりの後ついにそれらしきものがあるとの回答!! 色が少しあいまいだが、リボンにまちがいないとのこと。さっそく仕事帰りに窓口へ向かった。保管されているのは私の探しているリボンに間違いないのか?ドキドキしながら現れるのを待った。そして登場したのは、間違いない、私の手に握られているリボンの相棒だ!!! 長い路線なのに、よくぞ戻ってきてくれた。
感激する私に駅員さんはこんな言葉を添えて手渡してくれた。
「これからはもう決して旅をさせないでくださいね。」
なんて気持ちのいいユーモアなんだろう。私は駅員さんにお礼を述べ、軽い足取りで帰途についた。

     喧噪に笑顔残りし夕薄暑                 クロワッサン

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2009年5月13日 (水)

「いいやつ」・「いい人」♪

「いいやつ」「いい人」っていますよね?みなさんにとって「いいやつ」「いい人」ってどんな人ですか?
今日は私がGWに会った(再会した)「いいやつ」と「いい人」を紹介します。

まずは「いいやつ」・・・身内自慢?みたいでお恥ずかしいのですが、私の年下の従兄弟です。
私には弟のような存在の従兄弟が3人います(男ばかりの三兄弟)。彼らは関東に、私は東海に住んでいるので、子どものころから会う機会は多くなかったのですが、それぞれが成人してから何だか付き合いがあります。私が年上なので私はお姉さんと弟達といった気でいます。
長男は以前都内で一人暮らしをしていた際に泊めてくれましたし、出張で名古屋に来た際には我が家に泊まったことも。下の二人もそれぞれ成人してから我が家に泊まりに来ているし、みんなたまにメールのやり取りもしています。
その従兄弟の中の真ん中、つまり次男が、今年の1月から博多に赴任していると聞き、「遊びに行ったら付き合ってくれる?」と連絡すると、「いいよ!」と快い返事がきたので、GWに博多に行ってきました。
博多は何度か行ったことがあり、大好きな街。GWの博多と言えば「博多どんたく」。「博多どんたく」なるものを見てみたいと思い出かけたのです。とはいえ5歳年下の従兄弟を年上の私にずっとつき合わせるのもかわいそうだと思い、博多に行く直前に再度「夕食だけでいいから付き合ってね。」と連絡すると、「行きたいところを言ってくれたら連れてくよ。車あるし。どこに泊まるの?最終日は何時に帰るの?」と全日程付き合ってくれるというのです。それって結構「いいやつ」だと思いませんか?
なんだか「どんたく」より従兄弟に会うことのほうが楽しみになり、従兄弟が好きな味噌煮込みをお土産に博多に出かけました。

1日目は博多どんたくを見て夕食を食べ、仕事のことや日常のこと、結婚など将来のことをたくさん話しました。思えば長男は年が近いからいろいろ話すし、一番下は何だか心配であれこれ聞いたりしたけど、次男であるこの従兄弟と、こんなに真剣な話をしたことはなかったかも・・・。恋人同士や友達とはまた違った、真剣で有意義な語らいだった気がします。
2日目は従兄弟もまだ博多に赴任して三ヶ月あまりで、どこも観光らしい観光はしていないというので、私が持っていたガイドブックを見て、吉野ケ里遺跡と唐津城に行くことにしました。そして翌朝8時にホテルまで車で迎えに来てくれました。(朝8時って早くない?と思いましたが、何だか従兄弟が張り切っているようだったので黙って従いました。^^;)この日は一日従兄弟の運転でドライブ&観光。吉野ケ里遺跡は集落がちゃんと復元されていて、昔に人々の暮らしの様子がよくわかりました。小雨の降る一日でしたが、雨に洗われた新緑が美しく、また唐津の海岸線もとても綺麗でした。

さて三日目はもう一人「いい人」と合流!
私が「GWに博多に行きます。」とメールに書いたら、「太宰府に行きませんか?」と誘ってくださった「いい人」!それはシーズンズ九州支部のポメラニアンさんです。GWもお仕事があり、お休みが少ないのに、貴重なお休みを私のために割いてくださったのです!しかも従兄弟が「太宰府に行ったことがないから、俺も行きたいな。」と言うの従兄弟もご一緒させていただきくことに。太宰府駅で待ち合わせ、太宰府天満宮と国立博物館、光明禅寺を案内してくださいました。賑やかな太宰府天満宮ではカラフルなお御籤を引き、国立博物館ではチベットの仏像を堪能し、光明禅寺では美しい緑の紅葉と苔の庭に心を洗われ、とても気持ちのよい一日になりました。ポメラニアンさんはわざわざ車で来てくださり、車でしか行けない竈戸神社へも案内してくださいました。(竈戸神社は縁結びの神様!三人ともしっかりと手を合わせました!)
俳句を通してメールのやり取りをしているだけなのに、お忙しい中わざわざ貴重なお休みを割いてくださったばかりか、私たちが楽しめるよう心配りをしてくださるポメラニアンさんは本当に「いい人」!
その「いい人」に出会えたのは俳句のおかげ!本当に俳縁って素晴らしいです♪数えるほどしか会ったことはないのに、ず~っと仲良しだったみたいに会えるんですもの!ポメラニアンさんに会えて、改めて俳縁の素晴らしさを感じました。そしてやはり会って話すと楽しいですね♪同じ仕事をしているからか、分かり合えることも多く、頑張っているポメラニアンさんから私も頑張ろうというパワーをもらいました!ポメラニアンさん、本当にありがとうございました。

そしてポメラニアンさんと別れ従兄弟に博多駅まで送ってもらい帰途につきました。
三日間も付き合ってくれる従兄弟って結構「いいやつ」じゃないですか?三日間従兄弟といろんなことを話し、彼が今悩んでいること、頑張っていることをたくさん知りました。私は何をしてあげられるわけではないけれど、いつでも応援してるし、味方だからと言って別れました。
帰りがけにはこんなことも・・・「俺のところに泊まれば宿泊費が浮いたけど、狭いし男の一人暮らしのトコなんて嫌かと思ったんだけど、兄貴のところに泊まったことがあるなら今度は俺のところに泊まりなよ。俺のトコのほうが兄貴の部屋より全然綺麗だから。」と。そして何度も「寝袋もあるし。」とも・・・。
ねえねえ従兄弟君、その場合寝袋に寝るのはキミだからね!

みなさんのまわりにもきっと「いいやつ」「いい人」がたくさんいらっしゃると思います。是非みなさんのお話も聞かせてくださいね♪


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再会の日の大きなる楠若葉  ポメラニアン
弟の胸の内聞く祭の夜     ソーダ水  
緑陰を分け合ふ人の笑顔かな  ソーダ水

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2009年4月12日 (日)

ロマンティックな時間

「あなたの人生において一番ロマンティックな時間は?」と聞かれたら、みなさんはどんなふうに答えますか?
私の場合は、語学留学していた時期のあのひとときなのだ。

私がステイしていた家は、大きな家で学生が最高で5人ぐらいになるにぎやかなところだった。
イワノフはロシアの企業から派遣されていたもの静かな真面目な一つ年上のビジネスマン。口数は多くないが、親切でやさしく紳士的でランドレディやクラスや同宿のみんなから好かれていた。私の友人のジュリアとも同じクラスで仲がよく気がつけば、私たちは気のおけない友人となっていた。

彼の帰国が近づき、ゆっくりできる最後の日の夜、同宿の学生が留守なさびしい日になってしまいそうで、私とジュリアは彼のサヨナラパーティーを企画した。
チャイナタウンで餃子、トンカツと彼が日本食の中で好きだと言ってくれた材料を用意し、ランドレディにキッチンを借り少し遅めのディナータイムになった。

夕食の合図に彼が食堂に入ってくると、ジュリアの姿とさして見映えのしない料理にけげんな表情をする。
「これは?」
「今日がパーティーできる最後の夜だから。日本で好きなもの
と言ってくれたものを食べてほしくって。ジュリアと用意したの」
するといきなり、彼は出て行ってしまう。
私とジュリアは、まさかそんなふうな反応を予想もせず、
「ねぇ、怒ってるんじゃない?」ジュリアが小さくつぶやいた。
そして、コートを来て出てきた彼に私たちは内心真っ青だった。
「あの?どうしたの?」
「仲良くしてくれたジュリアがわざわざ、僕のために来てくれて君は僕が好きだと言ってくれたものをわざわざ用意してくれた。僕はせめてこのパーティーのためにワインを用意したい。すぐに買ってくるから。」
と、彼はすぐ底のリカーショップでワインとチョコレートを抱えて帰ってきた。
「待たせて悪かったね。乾杯しよう!」と
彼は「素晴らしい友人に乾杯!」とすぐにワインをグラスについでくれた。
料理すらどんな味だったか覚えていないが、ワインをあけ、ひたすらしゃべり通して、そしてまたたくまに夜は更けた。

ジュリアはバスで20分ほどのフラットに住んでいたが、気がつけば、11時近くなっていた。
「女性を一人で帰すわけにいかない。」とジュリアを送って、彼が帰ってきたのは1時間後ぐらいだろうか?玄関に迎えに出ると笑顔で入ってきた。
「ありがとう。歩いていったの?」
月が美しく明るいのでハイドパークを突っ切って歩いて往復したという。
「疲れてるんじゃないの、ありがとう。」
「何を言ってるんだい。ぼくはまだ一晩中だって歩けるよ。こんな美しい日が終わるなんてもったいない。」
彼はにっこりと、自分の部屋へ帰っていった。

私の中にこんな素敵な笑顔とセリフを残し小さなパーティーをよろこんでもらえたのは初めての出来事だった。口数の少ない彼の楽しげな様子が、私とジュリアにも幸せな気持ちにさせてくれたのだろう。
彼は思いもよらないだろうけど。ロマンチックというとなぜか、この夜を思い出すのである。

春月夜宴は終わらぬような気して 青猫

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2009年3月28日 (土)

開花とともに・・・

1月に姉が脳梗塞で倒れた。長年病気知らずの姉は、数年前から下町にある夫の実家の焼鳥屋を、86歳の義母と切り盛りしている。その日もいつものように朝から仕込みを行い、開店した矢先の発病だった。ひどいめまいに襲われながらも、私の仕事が終わるのを待って携帯に電話してきた。すぐに店に駆けつけ、救急車を呼んだ。海外出張中の義兄に代わって、医師から私が聞いた病状は想像を絶する重いものだった。「一週間が山場。24時間いつでも連絡がつく態勢でいてください。」頭の中が真っ白になった。前日まであんなに元気だったのに・・・。そんな重い病状とはうらはらに意識もしっかりしている姉に泣き顔は見せられず、ベッドに横たわる姿をただ見守るしかなかった。勤務中はいつかかってくるかわからない病院からの電話に終始怯え、なんとも切なくて苦しい日々が続いた。
そして、一週間後に奇跡は起こった!! 姉は無事危機を脱したのだ!!!
姉の逞しい生命力が、家族の祈りに応えてくれた。
その後も絶対安静の状態がしばらく続いたものの、現在はリハビリ専門病院でトレーニングに励む毎日である。今週末には一時帰宅の許可も出た。
桜が開花した今、家族にも温かい春がやってきた。

   窓広きリハビリルーム水温む    クロワッサン

クロワッサンさんのブログデビューです!クロワッサンさま ありがとうございました。
みなさまもブログデビューしてみませんか?  (ソーダ水)

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2009年3月13日 (金)

思い出の詰まったバッグ

とても気に入っているのだが、使わないまま、大切にしまったままのハンドバックがある。キタムラのおしゃれなハンドバックである。数年前、初めて私が担任した37人の生徒が卒業していったその日、プレゼントしてくれたものである。
初めて専任教諭として就職した私立女子高校で、私はいきなり高校2年生の担任を任された。初めての学校で2年生の担任はキツイ・・・自分より生徒のほうが学校のことを良く知っている。その高校の学校生活において、私より生徒のほうが先輩なのである。その上、担任を持つのは初めてだったので、戸惑うことも多く、生徒にはよく「1年生の時の先生なら・・・」と比較された。やんちゃな生徒、元気のいい生徒が多かったのは事実だが、新米担任の力不足もあり、3クラスある商業科の中で、私のクラスは一番元気のいいクラスと、ベテラン教師から皮肉を言われたこともあった。頭髪検査や服装検査をすれば、私のクラスの生徒ばかりが名を連ねた。彼とケンカしたといっては泣く生徒、親とけんかをしたから帰りたくないとだだをこねる生徒、もちろん私に反抗する生徒もいた。毎日泣いたり怒ったりしながら、クラス替えのない2年間を必死で駆け抜けた。
卒業の日、私は袴をつけて卒業式に臨み、たくさんの生徒のカメラにおさまった。こんなに「先生、先生」と笑顔で生徒に囲まれた日があっただろうか。いつもは私の顔をみれば逃げ出していたのに。
そして教室で大きな花かごと、赤いリボンの大きな箱をプレゼントされた。箱の中には、そのキタムラのハンドバッグが入っていたのだ。思いもかけないことで、言葉が出なかった。学園祭でのクラス費の使い方にもめたクラスが、このバッグを買うために、いくらお金を出し合ったのだろう。私の感激をよそに、生徒たちはあっけなく教室を後にした。

職員室に戻ると、ベテラン教師の一人が、「結局5組(私のクラス)だけだったな、2年間人数が変わらなかったのは。」とつぶやいた。それは、2年間退学者を出さなかったという、私への労いの言葉だった。
その夜、卒業生を送り出したことを、同期と後輩にお祝いしてもらい、散々飲んだ。あんなに酔っ払ったのは後にも先にもあの時きりだ。

その後しばらくたって、私は事情があって退職してしまった。彼女たちが母校に遊びに行っても私がいないこと、私がそこにいないために母校に足が向かないかもしれないことが、気がかりだったけれど・・・。それでも、毎年何人かが年賀状をくれる。結婚の報告、出産の報告、いろいろある。結婚式に招待されたこともあった。
卒業式以来、ほとんどの生徒に会っていないが、今も彼女たちが笑顔で毎日を過ごしていることを願っている。きっと彼女たちもたまには私のことを思い出してくれているんじゃないかな。いつかクラス会なんていうものがあれば、何をおいてもそのバッグを持っていこうと思っている。

旅立ちの日の教室にスイートピー     ソーダ水

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2009年1月25日 (日)

冬をすごす

今回は、山雀さんがブログデビューで~す!

寒いこの季節、皆さん風邪などひかれていませんか?
私はこの冬、「鼻うがい」と「生姜紅茶」を体験しました。

両方ともすすめられてやり出した事ですが、鼻うがいは話に聞いた時点で、「大丈夫だろうか?」と思いました。市販の鼻うがいセットに、うがい薬と専用の容器が入っていて、容器にうがい薬を入れて鼻にあて、正面を向いた状態で、声を出しながらうがい薬を鼻に入れ口から出すのですが、慣れが必要との事。水が苦手な私は、鼻に水薬が入った感覚と音に「○△□~!」…がしかし!鼻がスッキリしてなかなかの爽快感! しばらく続けてみようと思いました。
生姜紅茶は、紅茶にすりおろした生姜の絞り汁を入れて、1日数回飲むのですが、発汗作用があり、体もあたたまるのでとてもイイ感じです。風邪でのどが痛かった時は蜂蜜を加えて飲んでいました。冷え性や低体温の人など、日頃から飲まれると良いそうです。紅茶も種類が豊富ですが、ベルガモットのような香りが好きで、ア‐ルグレイなどが気にいってます。 そしてミカンの皮入りのお風呂で冬の1日を終えます。

みかん湯の鏡に指をなぞりけり    山雀

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2009年1月13日 (火)

初富士

ここ数年、お正月は母と京都に出かけている。狛猪、狛ネズミの神社を探してお参りをし、少し京都で遊んで帰るという日帰り旅行だ。仕事が趣味で1年360日くらい働いていた父は一緒に行かない。
しかし今年は違った。昨年の夏、腰の手術をしてから、何年分かのお休みを取っている父と、家族3人揃って、熱海のMOA美術館に出かけた。MOA美術館は母と以前行ったことがあるが、母が気に入っていて、また違う時期に行きたいと常々言っていたし、私は少し足を伸ばして湯河原の足湯も楽しいかなと思いついて元旦に提案したところ、父が「道中富士山も見られるし、行くか!」と乗ってきたのである。
1月3日、帰省ラッシュも考え、まだ暗いうちに家を出発。私と父が交代で運転した。その日はとてもいいお天気で静岡を過ぎた頃からか、きれいな富士山を見ることができた。しかしなんといっても一番圧巻だったのは東名高速由比トンネルを出た途端、真正面に見えた、駿河湾と富士の山だ。家族三人いっせいに声をあげた。

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駿河湾は写らなかったけれど、由比あたりからの富士山

それからずっと父は、富士山が車窓のどっちに行ったとか、沼津から熱海に抜ける山道でも、富士山と並んだとか、富士山を楽しんでいた。
美術館を楽しみ、湯河原に足を伸ばして足湯を楽しみ、湯河原パークウェイから三島へ抜ける時も、やはり富士山を見て喜んでいた。夕闇が迫り、富士山見えなくなるまで、父は富士山を眺めていた。

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父・母。私 仲良く足湯!

小学校6年生の頃、父と富士山頂まで登った。父は10回以上も登っている。そんなことを思い出していたのだろうか・・・。年のわりには体力のある、元気な父だと思うが、どんな気持ちで富士山を眺めていたのだろう。
何はともあれ、久々に家族3人で仲良く遠出が出来たのは、何だかいい年明けになったと思う。
今度はどこへ行こうかな・・・。

初富士や父の目じりの笑い皺   ソーダ水

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2008年12月31日 (水)

今年もお世話になりました

今年も残すところあと数時間となりました。みなさまはいかがお過ごしでしょう?私は年賀状書きも大掃除も一通り終ったものの、まだまだ何か遣り残したことがありそうな・・・あsign0112月は一度もブログを更新していないsign03ってな訳でパソコンに向かっています。coldsweats02

私にとっての2008年はとても忙しい、けれど充実した一年でした。今年は4月から思いもかけず仕事が増えてしまいましたが、周りの人の支えもあってどうにか乗り切ることが出来ました。俳句のほうも、投句をしている句会にお邪魔するという目標も達成でき、毎日一句という目標もなんとか達成できました。(厳密に言うと毎日一句は出来ない日もあり、まとめて10句考えるなんていう日もありましたが・・・coldsweats01

あっという間の一年でしたが、今年も多くの人に支えられ、多くのことを経験させていただき、私にとって実り多い一年だったと思います。今、改めてみなさんに感謝ですheart01この場をお借りして、みなさまありがとうございましたclover

しかし悔やまれることも多々あります。中でもこのブログを充実させられなかったことが一番の反省ですbearingあれこれ考えたのですが、実行できなかったことが多かったですweep本当にすみませんでした!来年はもう少しこのブログを充実させられるよう、工夫をし、実行できるように頑張らなければと思っていますpunchどうかみなさまお力添えくださいますようお願い致しますwink

新しい年がみなさまにとって健康で幸せな一年になりますようにheart04

大晦日月の静かにあらはるる   ソーダ水

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2008年11月11日 (火)

石山詣

iモード吟行でちらっとお話ししましたが…私、11月3日の文化の日、袴・袿姿で石山詣をしてまいりました。滋賀県にある石山寺は、源氏物語ゆかりのお寺。紫式部を始め、多くの平安女性がお参りに訪れたお寺です。今年は源氏物語千年紀のイベントが源氏物語ゆかりの各地で行われており、石山寺も源氏物語千年紀イベントが繰り広げられています。

そのイベントの一つが、「袴・袿姿で石山詣を体験しよう!」というもの。10月から11月の土日、しかも一日8名のみの限定イベント(有料)です。この他に十二単を着る体験もあったのですが、私がこのイベントを知った8月末には既に申込終了ということで、まだ申込が間に合ったこちらの体験に申し込みました。

 午後からの体験だったのですが、当日は10時過ぎに石山寺に到着。装束を身につけてからでは十分歩き回れないかもしれないと思い、ひとまず石山寺を散策。そして名物のしじみご飯の昼食をとり、源氏千年紀のイベント展示(映画「源氏物語」の衣装や小道具、田辺聖子さんの源氏物語文学館)を見学。そしていよいよ体験の時間になり、指定された石山寺下「明王院」の和室へ。白い着物を着て紫の袴をつけた二人の女性が着付けをしてくださいます。まずは足袋を履き、白い着物を着て緋の袴をつけます。袴は足首までの長さです。

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それから五衣(いつつぎぬ)といわれる五枚の衣が重なった袿を羽織ります。これをはおると肩にずっしりとした重みが…。これでおきひずりの状態が完成。

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しかしこれでは外を歩くことができません。さて平安時代の女性達はどうしたか・・・なんと二人がかりでこの引きずる長さの袿を、腰ひも1本で短くたくし上げるのです!これってすごい技術だと思いませんか?その結果、平安女性が外出するときのこの姿になるの

です!

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完成までに20分ほどだったでしょうか。そしていよいよ石山詣、草履を履いて外へ。外へ出た瞬間から、いうまでもなく注目の的です。この日はご年配の参拝客が多く、「かわいい、かわいい」といっていただき、小さな女の子からも「わ~きれい!」といってもらい照れくさいけれど嬉しかったです。confident(ま、そういうしかないですよねcoldsweats01

約一時間の散策が許されているのですが、想像以上に歩きやすく、石山寺の散策はもちろん、ロケーションの良さそうなところで写真をたくさん撮りまくりました!1人だったら恥ずかしいけど、親友と二人で衣装をつけたので。wink(ちなみにカメラマンは母です。)もちろんしっかりお参りもしました!何をお参りしたかは内緒ですけど・・・。happy01

コスプレ好き!と思われてしまうのには抵抗を感じますが、衣装を着る体験があればやってみたい私です!過去にこの友人と一緒に舞妓さんになりました!ディズニーランドでアメリカ西部の女性のドレスも着ました。1人でも姫路の博物館で十二単を着ました!以前まどか先生が宝塚で体験されたマリーアントワネットの衣装も着ました!今年の夏は瑠璃蜥蜴さんと一緒にデパートの「赤毛のアン展」で赤毛のアンにもなりました。私の住む県には「リトル・ワールド」という施設があり、世界各国の文化を紹介していますが、そこでチマチョゴリを着たり、サリーも着ました。(チマチョゴリは韓国でも着ました。)

ん~なぜやってみたいのかと聞かれると・・・きれいなものへの憧れ?現実逃避?興味本位?ん~~~なぜでしょう?でも意外な発見があったりして結構楽し、その時代、その国の女性に思いを馳せるのは楽しいです。「どこかでこんな衣装が着られます!」という情報をご存知の方、お知らせくださいませ~happy01

Img_0011我が君様です・・・いえいえマスコットキャラクターのおおつ光ルくんですheart01

衣擦れの音たをやかに秋の寺   ソーダ水

写真の配置・向きなどうまくいかずすみませんweep

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