山の稜線がいよいよ濃くなり始め、白々と空の色が変わり始めた。左に比叡山を眺め、真正面に大文字がうっすらと見え始める。古都の夜が明けていく。朝日が山の影からゆっくりと顔をみせはじめ、たなびく雲を紅に染めていく。
寝起きのまま、肌蹴た浴衣の佇まいを正しつつ窓辺に近づき、しばし日が昇るのを眺めていた。眼下に流れる加茂川のせせらぎも、夜明けとともに昨夜より幾分か小さく聞こえる。いよいよ日は高くなり、窓ガラスの結露がキラキラと朝日に輝きはじめた。久しぶりの京都だ。
父は、今日この日を、心待ちにしていた。膝を痛めてからというもの、なかなか遠出をする気にはなれず、旅行を躊躇していた。膝は年々痛みを増し、医者通いも定期的になると、いよいよもうだめかという気にさえなるのだろう。しかし、今回の京都への旅行は、幸いにも娘の私が一緒であることが、どうやら出掛けようという決心に繋がったらしい。
電話のベルが鳴る。いつものように少しだけ愛想の良い声で電話をとった。あっ、いつものシンクタンクの担当者だ。そうと気がつくと自分の声のトーンが少し下がったのが分かる。相変わらず、要領を得ない話がはじまってしまった。受話器を耳に当てながら、相槌を適当に打つ。チラッと時計を見ると、新幹線の出発時刻まであと20分、心の中でカウントダウンが始まり、「遅れるなよ、気をつけて来いよ。」という父の声が頭を過った。
早々に電話を切り机を片付け、周りの同僚たちに遠慮がちな顔色で早退の挨拶をしながら逃れるように部屋出た。あと発車まで15分。駅までは10分あれば足りる。後はスムーズに改札を抜けてホームまでたどり着けば余裕だ。ビルの外に飛び出すと、雲ひとつない青空が広がっている。歩き慣れたオフィス街を早足で通り抜ける。勤めてから20年、地方都市のこの街もだいぶ姿を変えたものだと摩天楼を見上げた。
改札を抜け、人波をかき分けホームへの階段を一息に駆け上がった。既に列車はホームに停車していた。父は、もう列車に乗っているだろうか。握りしめた切符をもう一度見直し車両に飛び乗った。座席を探す自分の目に、手を振る父の顔が飛び込んできた。よかった、間に合った。
突然の母の入院、そして、8カ月間の闘病生活。父は自分が朝飯のしたくをするなど、思ってもみなかっただろう。ましてや、幼稚園に行き始めたばかりの娘の朝飯を作るなどとは。母の居ない朝、あどけない顔で園服を着て朝ごはんを待ちわびる娘に、彼は不慣れな手つきで、よく炒り卵を作ってくれた。
「どうだ?旨いか?」照れくささと、少しでも明るく振舞おうと彼が発した言葉に、娘の私は思いもよらぬ返事をした。「おとうさん、このたまご、おさとうがはいっていないよ。」「そうだ、忘れた。上からお砂糖、かけてみるか。」「うん。そうだ。かけたら同じだね。」娘のその言葉に、彼は少し救われたか、それとも、娘を誤魔化したようでなんとなく体裁が悪かっただろうか。母が入院してから父と娘の二人のこんな朝がしばらく続いた。父がギブアップして私を母の実家に預けるまで・・・。
京都の駅は、紅葉の季節にはまだ早く閑散としていた。10年の歳月をかけて屋根を吹き替えた西本願寺に足を運ぶ。父はゆっくりと膝を庇いながら歩き立ち止まっては、カメラのシャッターを何回も切る。境内の大きな銀杏は、まだ紅葉には程遠く青々とした葉をつけていた。拝観もそこそこに、タクシーに乗り、父が行きたいと言った「真如堂」へと向かった。幼いころ片目の視力を失った父が苦学して進学した大学は、決して楽しい思い出ばかりではなかったらしい。大学からそう遠くないこの寺へ、鬱々とした悩みを抱えて一人来ては、腰をおろしてしばし佇んだことを良く話す。しかし、今となっては彼にとって懐かしい場所の一つとなった。時はひとを癒す、そして、ひとは時に癒される。見上げると、境内の三重の塔の法輪が、秋の空に高く伸びている。その下で、相変わらず父はカメラのシャッターを切り続けていた。
夕食は高瀬川沿いの店。町屋風の京都らしい料理屋の急な階段を二階に上がり、ひとまず二人で乾杯。時間も早かったせいか、客は疎らだった。焼き栗に銀何、土瓶蒸、秋を堪能するには十分なほどの料理が運ばれてくる。気づけば、外はとっぷりと日も暮れ、高瀬川の水面に街燈がキラキラと光る。秋の燈に包まれて、久しぶりに父と娘、二人だけでの食事。遠い記憶が蘇る。お互いを思い合った、あの母の居ない朝ごはん。「お母さん、今頃、なにしているかしらね?」母のことを持ち出した私に、父は笑いながら答えた。「たぶん、友達と一緒に、今頃楽しく夕飯をいただいているだろうよ。あちらは、あちらで。」店を出て、二人ほろ酔いながら、高瀬川沿いを歩く。川の水面に、秋の月が影を落とす。月はだいぶ高くなっていた。
明月や古都の杯高々と
秋の月姿うつせし高瀬川 瞬
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