2009年7月11日 (土)

コーヒータイム

皆さんのほっと一息のお供は

緑茶?コーヒー?紅茶?cafe

私は生まれ育った土地はお茶の産地ですので、緑茶は常に身近な存在、

というより、空気のような存在でした。

仕事の合間の休憩にも緑茶

食事には必ず緑茶。

そしてお客様が訪ねてこられた時も、まず一杯の緑茶から。

そんな環境で育った私が、コーヒーと出会ったのが何時であったかはっきりしないのですが、いつの間にか、ほっと一息のお供が緑茶からコーヒーに入れ変わり

緑茶は食事のお供に、コーヒーはその合間の充電タイムの欠かせない存在になっていました。

そして、ハンドルネームまで「カフェ・ラテ」にwink

最近は何処に行ってもコーヒースタンドがあり、一人でも入れる気軽さがとても便利で、買い物に疲れた時も、ちょっと寄り道で一杯という事もできて嬉しい限りです。

今は少なくなってしまった「喫茶店」と呼ばれるような、あまり明る過ぎず、静かな音楽が流れているような店

それから「カフェ」と呼びたいような外の日差しが注いでいるような柔らかな明るさに包まれたお店

こういうお店のテーブルは、それぞれが透明なカプセルに包まれているように感じませんか?

そこで、ほ~っと気持ちを解したり、本を開いたり、そしてまた其処から外の世界に出掛けていったりと。

私はそんな「カフェ」には気心の知れた友人と話しをしながら、という事が多いのですが、そんなお店で一人でゆっくり、美味しいコーヒーの香りに包まれて、句作ができたら、と憧れています。

シーズンズの皆さんでしたら、お気に入りの「カフェ」でコーヒーの香りをお共に、俳句手帳を広げるという方もあるのでは?

コーヒーの香りと心地良い音楽に包まれて、暫し時を忘れたら、素敵な一句も降りてきてくれそうな・・・

マンスリー締め切り前、そんな思いが膨らむこの頃ですcoldsweats01

   ジャズ流る茶房の木椅子涼しかり   カフェ・ラテ

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2009年6月28日 (日)

沖縄忌(慰霊の日)

沖縄県では6月23日を沖縄戦での戦没者の御霊を慰め、恒久平和を祈る日として「慰霊の日」を制定しています。
この日は、県庁を始め公立の小中学校、高校なども公休日となります。
糸満、摩文仁の平和祈念公園では全戦没者の追悼式が行われ、更に県内に散在する各地の慰霊の塔などでも慰霊祭が行われます。
また県民の大部分の方が、正午の時報とともに南の方角に向かい黙祷を捧げます。
沖縄県民にとって6月は特別な月です。
慰霊の日にちなんで、県内各地で平和集会なども持たれます。
私の所属する沖縄県現代俳句協会においても、「沖縄忌俳句大会」を立ち上げ、今年は7回目を数えました。

  もし悔いを形にすれば鉄砲百合      浦 廸子
    沖縄はずっと立ち泳ぎのままだ        川名つぎお
   語りべの口中深くでいご咲く         たまきまき  
    沖縄は肺の奥まで蝉しぐれ        岩本桂子  
    夏帽子小さくたたんで黙祷す       上原カツ子  
    逃げ水を追いかけてなお基地に居る   宮城陽子  
    鶴折れば指先少しづつ灼くる       古賀三秋


第1回大会から第7回大会までの大賞作品です。
大賞および入賞作品は、平和祈念堂へ掲示していただき、大勢の方に見ていただいています。
俳句大会の事務方を務めているため、毎年この時期は準備に追われ慌ただしいのですが、全国から届けられる作品を前にすると胸をうたれます。
また、恒久平和を願う意味でも「沖縄忌」という季語を定着させねばという使命感にも駆られます。
以前にまどか先生とヘップバーンで平和への一句朗読会が行われましたね。
17文字で平和を発信していこうという取り組み。
先生や皆さまのようにはいきませんが、その志は受け継いでいきたいと思います。
今年も6月23日慰霊の日に平和祈念堂では、祈念堂や子供たちが大切に育てたオオゴマダラなどの蝶を平和の使者として摩文仁の空へ放しました。
全世界の平和を願って・・・   
  
  オオゴマダラ祈りの指より羽ばたけり    にぬふぁ星

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2009年6月19日 (金)

四葉のクローバー

四葉のクローバーを探すのが上手な人がいるが、私はどちらかというと下手なほうで、今まででも見つけたのは3度くらいのような気がする。

先日、職場の建物の周りにある植栽で、両手いっぱいにクローバーを摘んでいる母子3人がいた。

よく見ると、みな四つ葉のクローバーだった。

「いっぱい見つけましたね~」と言うと、

「ここに来ると四つ葉のクローバーがあると、うわさで聞いたので~」と若いお母さんがうれしそうに両手を差し出して見せてくれた。

「幸せがたくさんきそうですね!!!」と言って、こちらもちょっと幸せな気分になった。

四つ葉のクローバーをうわさ通りに沢山見つけた子どもたちはうれしそうに走り回り、スキップをしながらおかあさんもにこにことして帰って行った。

ふーん、この建物にそんなうわさがあるなんて知らなかった。

そういえばと思い出した。ちょうど一年前ごろ、昼休みに散歩していたらクローバーがあるので、四つ葉を探してみると、すぐに見つかった。うれしくなり、「一つ見つかるとそのそばに又ある」ということを聞いたことがあったので、近くを探すと本当にまた四つ葉を見つけた。またまたうれしくなって、探してみるとまた四つ葉があった。いっぺんに三つも見つけると、うれしさがちょっとさがり、えっ、ここは四つ葉が多いのかしらと、三つで探すのをやめたのを思い出した。

四つ葉のクローバーというと、すぐに口ずさむフレーズがある

「♪みつの葉は希望♪、信仰、愛情のしるし ♪残るひと葉はさち」

マダムの皆様はきっとご存知ですよね。でも、この歌はメロディーは思い出すが、このフレーズ以外は歌詞を思い出さず、調べてみたらこんな歌詞でした。

うららに照る日かげに ももちのはなほほえむ
ひと知らぬさとに生うる 四つ葉のクローバー
みつの葉は希望、信仰、愛情のしるし 残るひと葉はさち
希望深く 信仰かたく 愛情あつくあれ 求めよ 疾く その葉
やがてなれも 摘みてとらん 四つ葉のクローバー

皆様も四つ葉のクローバーを見つけて、ちょっと口ずさんで見てください。幸せな気分になります。

よつばのクローバ探して野辺の夏至夕べ      吾亦紅

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2009年6月 9日 (火)

お詫び

今回は、インターネットの不具合で、大変お待たせして申し訳ありませんでした。

何とか、我が家でインターネットが使えるようになりましたので、大丈夫だと思いますが、何しろ慣れないものでもたもたしています。写真追加は今夜入れますので、お待ちください。(乙女座)

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新しい街に住み

Img_2364_2 引越の近づく庭のジギタリス
我が家のリホームに伴い、しばらく仮住まいへ引越をすることになった。落ち着かない日々を過ごしていて気付かなかった庭のジギタリスが花を付けていた。お別れなのに健気に咲いているジギタリスを見ていたら何となくじーんとした。
我が家から車で15分程の所だが、街道沿いの街であることからか、何となくゆったりとした時間が流れるような佇まいだ。仮住まいの家もかなり古Img_2497 い木造の洋館で、レトロな雰囲気が気に入った。
五月雨の走るステンドグラスかな
少し雨漏りのするサンルームの屋根には蔦が絡み、小さな窓にはステンドグラスが嵌め込まれていた。白いペンキで塗られていた鉄骨が錆びて、ちょっと触れただけでもボロボロと剥がれてゆく。でも、雨の日に雨漏りの場所を確認しておいて雫の垂れない所へ洗濯物を干すには充分の広さがある。
Img_2588_2 ピカピカに磨かれた廊下は、歩くたびに大きく軋むし、ドアの開け閉てには家中が揺れる。所々に置かれた白熱灯が灯ると一時代前の世界にいるようだと言ったらちょっとオーバーだ
一階には開かずの間があり、オーナー使用となっているが、何となく不気味であり面白くもある。
どんな人がどのような暮らしをしていたのか興味は尽きない。
白熱灯雨にけぶらふ太宰の忌
Img_2596_2 ここから歩いて10分ほどの所に妙正寺川緑地公園があり、全長4キロもある綺麗に整備された遊歩道が続いている。桜の古木などが枝を垂れ吹き渡る若葉の風が心地よい。私もこれから時々ここへ来て、木洩れ日のベンチに座り本を広げたり句作に励みたいと思っている。
Img_2397_2 新しき窓吹き抜けて風薫る  乙女座

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2009年5月25日 (月)

立夏

皆さんの町はどの季節が、似合いますか?

私の住む町は、自他共に断然夏が似合う町。初夏のこの季節よりにわかに町の様子が、変わる。アロハ姿も多くなる。市役所も郵便局もアロハを着る。

ちょっと名前負けして、のどかな田舎町というのもお気に入り。

結婚し、転勤族ゆえあちこちに住み、また戻ってきたとき一番にしたことは、自転車で町中を走ったこと。

海が見えなくとも潮風の香りとサーフボートを持ち海へ向かう自転車にすれ違うたびに、なぜかホッとしたのを憶えている。

駅を出て海に続くまっすぐな道は3本。

その1つの道の出発点に赤いレコードの形のプレート「希望の轍」からはじまる。

いつも行くパスタやさん。本屋さんの十字路に「勝手にシンドバット」・・「みんなのうた」もある。愛犬「クロちゃん」がお世話になった病院やパン屋さん。

そうここは「サザン通り」

アンティークのお店をのぞきながら、カフェテラスで歳時記や本を読むのが、せかせかの日常生活の潤いの素かも・・

今月よりはじまった、家族4世代生活、上下に分離してはいますが、久しぶりに3歳児なるちびの相手もずっと忘れていたことを思い出させてくれる。三輪車押しながら、花や飛行機雲や風に立ち止まるとき夏に向かうエネルギーを体中に受け止めるように。ちびにも「かるた」ができたら、たくさんの季語を教えてあげよう!新緑。薫風。カキ氷。虹。。そう虹は、夏の季語。

1人で過ごす時間、家族と過ごす時間、どちらにもこの町の今年の夏を楽しもうと思うのでした♪もちろん花火大会も♪

サザン聴く潮風を受けカフェテラス  藍

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2009年5月15日 (金)

猫を抱いて象と泳ぐ

少年の友だちはインディラとミイラだけだった。インディラは、大きくなりすぎてデパートの屋上から降りられなくなり、一生を屋上で終えた象。ミイラは、少年の家と隣の家の隙間に入り込んで出られなくなり、ミイラになったという噂の少女だった。少年は何度もバスに乗りデパートの屋上に通い、インディラの形見の足輪をなでながら話をし、夜はベッドでミイラに話しかけた。

そんな孤独な少年が、廃バスに住む男、マスターと知り合う。それがチェスとの出会いだった。少年はマスターの手ほどきを受け、めきめきチェスの腕を上げる。マスターはチェスという海に少年を放ち、彼が自ら発する光だけを頼りに、どんな深い海溝にも冷たい海流にもひるむことなく、無比の軌跡を描けるよう導いた。少年はマスターの飼い猫ポーンを抱いて、海底深くをゆったりと泳いだ。

少年を取り巻く人々も丁寧に描かれている。少年の並はずれた記憶力と集中力にはやくから気づいていて、暖かく見守り続けた祖父母。無口な少年が、唯ひとり自分の気持ちを話すことのできる、白い鳩を肩に乗せた美少女。対戦相手として相性がよかったのは、老婆令嬢とひそかに呼んでいた人。駒と駒の会話は少年を飽きさせず、時には大胆に彼を吹き飛ばし、時には哀切なメロディを奏でた。

読み始めるとき、チェスを全く知らないことを心配したが、それは杞憂に終わった。棋譜は一戦ごとに違い、結果だけではなく、駒たちの優雅さ、俊敏さ、狡猾さ、大らかさ等なんでも味わうことができるという。わずか数十センチ四方のチェス盤から生まれる果てしない物語。それらを十分に堪能することができた。

                         

いつもながら静謐で透明感のある小川洋子の世界。純粋で心の美しいチェスの天才少年と人々との出会いと別れ。そして人間のいとおしさ。大切なものをたくさんもらった一冊だった。(「猫を抱いて象と泳ぐ」小川洋子著 文藝春秋)

麦秋やバスを乗り継ぎ会ひにゆく  卯月

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2009年5月 7日 (木)

新しい道

あっという間に終わってしまうもの・・・今まさにそれはゴールデンウィークなどの大型連休。始まる前はあれもこれもとやりたいことが目白押しで心もはずみますが、中盤あたりから雲行きが怪しくなり、最後には当初の計画はなかったことにして開き直る。大方私はいつもこんなパターン。不本意な過去は振り返らないほうが心身の健康には大変よろしい、と身体は知っているのでしょう。
ところがこの夏あたりから、どうも人生最大級の連休が訪れることになりそうなのです。いつも世の流れに乗り遅れがちな我が勤務先ですが、さすがにこの不況の波には見事に呑み込まれ、リストラ策の一つとして従業員の約4割の人員削減を迫られ、早期希望退職者の募集に至ったのです。さらに東京の営業部隊が静岡の工場内に拠点移管をすることが決定し、私達営業サポート職の女性の大部分が、転勤か退職かの二者択一を迫られることになったのでした。勿論、静岡は美味しい誘惑も多く(あげ潮クッキー、まるたやのチーズケーキなど多少偏った嗜好ですが)、富士山、浜名湖、伊豆をはじめ豊かな自然の宝庫でとても魅力的!でも単身赴任となると話はまた別で・・・。今の生活習慣や親のこと、果ては’夫婦とは?’までとにかく考えられる範囲で考え抜き、結論はやはり辞めるしかないのかなと思い至る次第。
この不況下の失業、就職活動は、それこそ百年に一度の厳しさかもしれませんね。又、物心ついてこのかた好むと好まざるとに関わらず、学校や会社という何らかの家庭以外の’場’に常に属してきたわけで、それがなくなる不安というのも少なからず。会社の説明には決して100%満足しているわけではないという現状もあります。でも今はもう少しだけ悩んで、あとは上手に開き直り、新しい時間をいかに有意義に生かしていくかを考えていきたいと思っているところです。
        この道を通ひ慣れ白躑躅燃ゆ     ゆば
20年以上通い続けた通勤路。こんな状況下今年初めてその美しい一画に気づいたことが不思議であり、皮肉でもあります。

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2009年4月24日 (金)

DNA

ここに、一冊の合同句集「花筏」がある。ひょんな事から、我が家の片付けと共にその句集は私の前に姿を現した。発行日昭和5871日…16年前だ。頁を捲ると37名の俳句を嗜んだ人々の作品とその景が無限に広がっていく。その中に、亡き祖父の名があった。

私が俳句という麻薬に手を染めた切っ掛けは、叔父の「お前もやってみないか?」と言う軽い一言と、マグレにも日経新聞の俳壇で、今は亡き藤田湘子の二席に入ったことだった。この快挙は人生において最後だろうと思っている。そんなことから、今も駄作を作り続け、季語との格闘が続いている日々だ。

 そして、叔父が俳句を始めた切っ掛けは、実は祖父だった。生前祖父は俳句を詠んでは叔父に見せ、どれが良いかとしきりに尋ねていたそうだ。その頃の叔父といえば、まだ俳句なんぞに興味はなく生返事で応えていたそうで、あの時もっと親身になって応えていれば良かったと今になって呟いている。

 喜ばしいかどうかは別として、池谷家の俳句DNAは、祖父から叔父へ、そして姪である私へと受け継がれた。

 祖父の句集の題は「五月晴」。全30句が掲載されている。気骨さと気概を持った典型的な明治生まれ。そして、孫には優しかった。戦中を生き、幾多の苦しみや悲しみを乗り越えたのだろう。だからこそ生きることに対して真剣だったとも思う。また、何よりも学ぶことに熱心な姿は、孫である私にもひしひしと伝わってきた。常に高みを目指す直向な努力に今更ながら只々頭が下がるばかりだ。

 天国では、俳句を詠んでいるだろうか。生きていたのなら、俳句談義でもしたかったと少し残念に思う。

 きっと、こんな取り上げ方をされて天国で恥ずかしがっているのだろうけれど、孫のしたコト。少々我慢して戴こう。俳句もちょっとだけ披露。私の宝物がまた一つ増えた。

 運動会小さき椅子をす々めらる

 夏至の日と気付かぬ今日の疲れかな

 古びたる夏服に威儀正しけり

終戦の思い出ふかし雲の峰

数え日や欠かせぬ義理のまた一つ

春霖の晴れて叙勲の知らせあり

祖父の影乗せてゆきたる花筏 瞬草

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2009年4月11日 (土)

一人静

Dscn0349  気がつけば今年も一人静の花が静かに咲いていました~主人の山野草特設コーナーに…(苦笑)。マダムの皆様のお宅のお庭にも咲いたかもしれませんね。    一人静ってそれほど大きな植物ではありませんが、

~まっすぐ伸びた、節のある紫色の茎の上の四枚の葉の中心に、その葉の開ききらぬうちから花軸を出し、咲き始めます。花弁も額片もなく、雌しべと花糸だけの花で、日陰を好んでひっそりと咲き、人知れず散っていく~  

 と、書かれています。本当にそんな花ですが、少し、白糸草にも似た花で、心引かれる花の一つです。見て!見て!と咲いたことを主張しているというより、ただ静かに、短い自分に与えられた季節を咲くだけにあるような そんな気がする花のように思えます。この花の咲く頃になると、思い出すことがあります。長男が中学卒業を控えた頃、ある出来事が…。長男は人と付き合うことに緊張するタイプで、学校では常におとなしい子と印象つけられて義務教育を終えました。人前で表現することが苦手でしたが、いつも上手く切り抜けて来たようでした。成績もそれほど悪くはなかったのですが評価では常に損をしていました。 そして3年3学期の成績表を手にした時、親としては「あれっ?!」何かおかしいのでは?何と今までもらったことのない「1」の評価がついているのです。音楽でしたが。ペーパーテストも90点台なのに、おかしいと思ったのです。勿論授業を抜け出すような行動が出来る子ではなかったし…。     友人がそれを聞いて、「あなた、それはおかしいよ。3学期の成績は学籍簿に残るんだよ。説明を受けに行くべきよ。一度くらい物分りの悪い親になっても良いんじゃないの」と、言ったのです。今まで、そんなことを考えたこともなかったのですが、いろいろ考えた末、学校に出向くことにしました。「1」の訳を聞くために。そして、学習評価に対する考えを確かめに。全く出来ない子なら仕方がないのですが、譲歩しても「3」の評価ならまだしも~という気持ちがあったのです。

 担任は顔を出しませんでした。若い女の音楽の講師先生と学年主任の温厚そうな年配教諭が対応をしてくれました。でも、説明は納得できるものではなく、話し合いの結果は親の言い分を伝えて、学籍簿に残す記載を訂正するということになりました。音楽講師の説明は、筆記試験は良かったが、歌唱テストで歌わなかったということでした。それは良くわかっていました。その頃は人前で歌うなんて全く出来ない子でしたから。しかし、だから中学校に「1」の評価を残すことが妥当ですか?納得がいきません、と伝えたのです。事を荒立てるつもりなどなく、評価に対する考えを聞きたかっただけなのに、後味の悪い出来事でした。

後日、当時、学校は校内暴力の対応に追われ、卒業していく彼らの内申書に出来るだけ手を加えたかった、だから主要5教科以外の評価に「1」を避けてでも救いたかったということがあったようです。長男は、その犠牲になったたようなものだったことがわかりました。物分りの良い親が損をしたのだと友人は言いましたが、まあいいか、誰かが救われてその後の人生にすこしでも役に立つことが出来たのなら~と、思うことにしたのです。長男の「1」に救われた彼は、今、どんな人生の中にいるでしょうか?幸い、長男は先生の勧める高校には行かず自分で選んだ高校、大学を卒業、今は新車モデルの開発分野で活躍しています。一人静の花の咲くのを見つけると、遠い、少し後味の悪かった「物分りの悪い親」を演じたことを思い出します。

今回は一句が詠めず、山田みずえさんの句を紹介することにしましたが、ごめんなさい。

  一人静 殖えてしづかに咲き揃ふ       山田みづえ     

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